新印象派に影響を与えたゲーテの色彩論

新印象派は点描主義になっていてジョルジュ・スーラーが理論化してものです。新印象派の前は印象派と呼ばれるモネ、ドガ、セザンヌ、ピサロ、ルオワール、シスレーといった画家が活躍していました。印象派の採用した色彩は、色彩それぞれがが独立した「筆触分割」を採用しています。印象派の人たちは、太陽の光を構成する七「色のプリズム」を重視しています。そのため、キャンバスの上に七色を混ぜずに描き、自然の色彩をキャンバスの上に定着させるという絵画技法で描いています。ジョルジュ・スーラーは「筆触分割」では次第に物足りなくなり、光学理論を取り入れて独自の「点画技法」を開拓しましたが、それには1810年にゲーテが出した著作「色彩論」の影響をかなり強く受けています。

色彩論

色彩論はゲーテが1810年に出した著作で約20年もの歳月をかけて執筆した大作でもあります。色彩に関して基礎理論を展開していきます。ゲーテの色彩論では、三部構成から成り立っていて教示篇・論争篇・歴史篇ですが、論争変ではニュートンの色彩論を批判してて、歴史篇では古代ギリシアから18世紀後半までの「色彩論」の歴史を辿っています。ゲーテはこの「色彩論」がのちにどのように評価されるかによって、ヨーロッパの未来がかかっていると自身で感じていました。そしてゲーテ自身が危機感を感じていたのは近代科学の機械論的世界観です。そのため、色彩論ではニュートンが機械論的世界観の代表者として敵対しされています。

ニュートンの光学では、光は「屈折率」の違いで7つの色光に分解されます。そしてこれらの色光が、人間の感覚中枢の中で「色彩」として感覚されるとしています。ゲーテ自身は「色彩」が、屈折率という数量的な性質に還元されることで理解されることが大変不満でした。そのため、ゲーテの色彩論がニュートンの光学と根本的な違いとして、光の生成に「光と闇」を持ち出しているところに注目できます。

ニュートンの光学は「光を研究」するというもので、光の欠如が「闇」とされているため、「闇」がニュートンの光学研究の対象にはなりません。ゲーテにとっての「闇」は、光と一緒に色彩現象の両極を担っているひじょうに重要な要素になっています。この世界にもしも、光だけしかなかったら、色彩は成立せず闇だけでも色彩は成立しない。そこで光と闇の中間にあり、この両極が作用し合う「くもり」の中で、色彩は成立すると色彩論でゲーテは論述しています。

「色彩論」の内容

ゲーテの色彩論では、色彩は光の「行為」として捉えられています。つまり光は「生けるもの」として捉えられています。そのためゲーテは、語りかける自然ということを言っていますが、色彩論で語りかけるとは、「語るもの」そして「語りかけられるもの」があってこそ、初めて成り立つものだと言えます。

色彩も単なる主観や客観でもなく、自然の光と人間の眼の感覚の共同作業によって色彩は生成されるとしています。音や香りといった感覚の部分でもそうですが、色彩には、ただ客観的な自然を探求しようとする姿勢だけでは色彩を捉えられないものがあります。

光の中に最初から色彩が数量的、客観的に分析されているとすると、客観的に光を分析してゆけば色彩のことが分かるということになります。ゲーテはこれに対して反論しているのはは、外界の光を分析するだけでは理解できない。としていて、眼の働きによる色彩の現象を持ち出して反論しています。たとえば、灰色の像を黒地の上に置くと、白地の上に置いた同じ像よりも黒字の方が明るく見えるとしています。この像を、ただ単独でそして客観的に分析するだけでは、像の見え方となる明るさの違いは説明できない。としています。明るく見えるのには理由があり、それこそが眼の作用が関わってくるからこそ、色彩の現象が黒地と白地では異なっていることを論じています。

ゲーテが見出した分極性の働きは、対立するものが呼び求め合うという運動は、自然のうちに見いだした分極性の働きになっています。眼はひとつの色彩の状態にとどまらずに、両極にある明るさと暗さが互いを呼び求め合うことによって、そこで新たな色彩を生み出すとしており、ゲーテは、静止した対象としてではなく、生成するものとしてそこに色彩を見いだすしています。ゲーテにとって生きるとは活発に運動して、新たなるものを創造すること生きるということになります。

20世紀最大のコレクションのクレラー=ミュラー美術館所蔵作品が来日!点画主義にフォーカスした美術展

20世紀最大のコレクションのクレラー=ミュラー美術館所蔵作品が来日!点画主義にフォーカスした美術展 イメージ