ゴッホと分割主義~第3章~

ジョルジュ・スーラーが編み出した分割主義は「新印象派」と呼ばれています。スーラーは徹底的な秘密主義者、孤高の人でもありました。大作を仕上げるまでに、たくさんの素描に油彩下絵を制作して、そしてさらに細かく全体の構図に人物のポーズから、モチーフの選択そして配置とかなり細かく緻密に研究して作品を作り上げていきました。フランスの国立美術学校エコール・デ・ボサールで正規の美術教育を受け、印象派が「感覚」でとらえた「光」を科学的に理論化したため、その理論に基づいて作品を作り上げていきました。内向的な性格で孤高の人、そして31歳という若さで亡くなっているため作品の数はあまり多くありませんが、スーラーが編み出した分割主義が広がりを見せたのは、スーラーより4歳年下のポール・シニャックです。陽気な性格でお話しが好きなポール・シニャックはスーラーから大きな影響を受け、スーラーの「分割主義」を広めました。

フィンセント・ファン・ゴッホと分割主義

【印象派を超えてー点描の画家たち】の第3章に展示されているのは、フィンセント・ファン・ゴッホの『種まく人』です。ゴッホは1886年にベルギーのアントウェルペンから弟のテオを頼りパリへ向かいます。

ゴッホがパリに移り住んだ1886年は、今までの印象派のモネ、ルノワール、カミーユ・ピサロとは異なった新印象派と呼ばれるスーラーやシニャックが台頭していました。まさに印象派や新印象派が花盛りのときにでした。

ゴッホの絵画要素に加わったもの

1886年2月に弟テオが住むパリへ向かいパリに住みだしたゴッホは、画商のテオを通じて多くの画家と親交を結ぶようになります。自分の暗い絵がパリで新たな印象派たちの作品を通じて、時代遅れだと感じるようになり、明るい色調を取り入れつつ独自の画風を作り上げていきました。

ゴッホが新印象派と交流があったことが伺えるのは、新印象派のポール・シニャックとの関係です。シニャックは陽気で楽しい性格だったので、かなり気難しいゴッホとももめることなくうまく交流していました。ゴッホはパリから1888年にパリから南フランスのアルルへ移り、ゴーギャンと共同生活を送ることになりますが、その際に共同生活を送ろうという申し出は断っていますが、ゴッホがゴーギャンと衝突しておきた片耳を切り落とした事件の直後にもゴッホのお見舞いに行っています。

印象派の画家クロード・モネが、ルーアン大聖堂の連作で表現したのは『うつろいゆき光』を表現することでしたが、ゴッホは手紙の中で「カテドラルよりも人々の眼を描きたい。カテドラルがどれほど荘厳で堂々としていようとも、そこにはない何かが眼の中にはある」と書いていますが、印象派が「うつろいでゆく光」を描き表現しようとしていたのに対して、ゴッホが描きたいもの描きたいもの、目指していたものの方向性は異なっていました。

新印象派の色彩感覚の分割主義はかなり影響を受けています。それを強く感じるのは「種をまく人」です。

ゴッホが印象派が表現しようとしていた方向性は異なってはいても、ゴッホは新印象派の分割主義の点描も取り入れて、明るい色調も加わりました。ゴッホが取り入れた明るい色調ですが、印象派の作品ほどに透明感のある色彩ではありませんが、南フランスアルルへ滞在していた時の1888年2月から制作した『種をまく人』では、ふりそそぐ太陽の陽光の輝きが『黄色』が描かれています。

種をまく人

フランス19世紀写実主義の巨匠ジャン=フランソワ・ミレーの代表作「種をまく人」にゴッホは共鳴していました。そして絵画を制作し始めた早い段階から「種をまく人」に強い固執を持っていました。

ゴッホの手紙でも『種まく人を描くことは昔からの僕の念願だ。古い願いはいつも成熟できるとは限らないけど、僕にはまだできることがある。ミレーが残した「種をまく人」には色彩がない。僕は大きな画面に色彩で「種をまく人」を描こうかと思っている』と手紙に書いてあるとおりに、過剰で極端なまでの刺激的な色彩を表現しています。

この作品では極端なまでの分割主義の影響を感じるのは色の構成です。画面の上部のほぼ真ん中には、地平線へ沈んでいこうとしている太陽が強烈な光を放ち、穂畑を黄金色に輝かせています。そして黄色に輝く太陽の光と対比するように、青色の凹凸の陰影が斑状に描きこまれている、畑へ種をまく農夫です。ゴッホの「種をまく人」とミレーの「種をまく人」は同じような姿勢で描かれ黄色オレンジの中での青の「種をまく人」は際立ちそして、生命力に溢れています。

絵の手前の明暗部分が入り交じる畑のタッチは荒くなっていて、畑の奥に行くほどタッチが細かくなっていきます。そして画面上中央にある太陽の陽光が輝かんばかりに、画面全体を照らしている構図と画面構成はゴッホの完成度の高い美意識を感じさせます。

「種をまく人」の作品が象徴している「人間の生」や「命の再生」を大胆なまでに描いたゴッホのこの作品への取組みは、それから後の20世紀前半の画家達に大きな大きな影響を与えることになりました。

レストランの内部

ゴッホの作品の中でも、「レストランの内部」は新印象派の影響を強くうけたことを感じる作品です。この作品は分割主義と点描といった新印象派の特徴を認めることが出来ます。1887年の作品ですが、この作品レストランが開店する前のレストランの内部が描かれていますが、この頃は赤色と緑色という補色を好んでいました。

ゴッホの作品の中では、明るくパステル調になっていて穏やかな優しい雰囲気を感じる作品になっています。すべてを点画で描いているのではなく、目を凝らしてみるとテーブル、イスはいつものゴッホの筆で描かれています。そこにすべてを分割主義、点画で描くのではなくゴッホ独自のものを作り出そうとしていたのかもしれません。

ゴッホの筆はとても大胆で素早いタッチで描くことが特徴でもなり、ゴッホの個性だった作風と、細かく詳細に緻密に描いていくスーラやシニャックの点描主義は無理があったようで、ゴッホは次第に分割主義から離れていきました。

出品作品リスト ~Ⅲ~ゴッホと分割主義

20世紀最大のコレクションのクレラー=ミュラー美術館所蔵作品が来日!点画主義にフォーカスした美術展

20世紀最大のコレクションのクレラー=ミュラー美術館所蔵作品が来日!点画主義にフォーカスした美術展 イメージ